雑記帳 2003年

スタッフが思いつくままに書き綴った駄文集です。

2006年 2005年 2004年 2003年 2002年

祝一周年

すっかり忘れていましたが、このサイトを開設して1年が経ちました。相変わらず「仮運用中」のままで申し訳ありません。更新しているのはこのコラムのコーナーばかりで、本文もないのにそれじゃコラムとは言えないですよね。サイトを再構築するにあたっていろいろデザインを検討しているのですが、なかなか納得のいくスタイルが見つかりません。実際に運営してみて、結構難しいものだと痛感しています。ああ、才能が欲しい…。

U’s Text Editorプロジェクトも本来なら1年程度で区切りをつけるつもりだったのですが、試作を終わってすっかり休眠状態になってしまいました。完成はまだまだ先のようです。業界ではもうLonghorn(次世代Windowsの開発コード名)が大きな話題になっていて、うかうかしているとまた出遅れてしまいそうです。

UML、私にとっては Unidentified Modeling Language? 2003年12月 7日 植田

パソコンの口

今でこそWindowsに首までどっぷりな私ですが、元はと言えば組み込み系の制御プログラムを専門としていました。この業界に身を投じた当時はハードウェアエンジニア志向でもあったので、時には回路図を引き、部品を集めては半田ごてを握り、プログラムを書き込んでパソコンと接続 ―― なんてことに無上の喜びを感じていました。

さて、そんな時代、デバイスをもっとも手軽に接続できるパソコンの口は、シリアルポートでした。デバイス側の回路はさほど複雑なものではなく、便利なチップも豊富にそろっていたので、ハードウェア的には難しいものではありませんでした。パソコン側にしても、PC-9800シリーズが全盛でN88-BASICもバリバリの現役でしたから、ちょっとしたプログラムでそれなりのことができていました。何より、通信プロトコルを都合のよいように設計できたので、問題を力ずくで抑えることができたのです。今とは比べ物にならないぐらい、標準化の水準が低い時代でした。

そして時は流れ、OSはMS-DOSからWindowsへと変わり、平和な時代に終止符が打たれました。かつてのようにN88-BASICで簡単にプログラムを書くこともままならず、パソコン側にはそれなりの手間をかけなければならなくなりました。デバイスとの通信プロトコルを公開してユーザーに丸投げする ―― というわけにはいかなくなったのです。パソコン側のソフトウェアも用意しないかぎり、ユーザーには見向きもされません。そうです、私がWindowsプログラマに転向した瞬間でした。DDEだの、OLEだの、ActiveXコントロールだのと、Microsoft社が投入する新技術をキャッチアップし続ける日々が始まりました。

そうこうしているうちにUSBが出てきました。USBの世界は完全に統治されており、シリアルポートほどの自由は許されていません。デバイス側の開発も一苦労です。おまけにOSの趣味に合わないデバイスにはドライバまで用意しなければなりません。アウトローであるためにはかなりの負担を強いられます。一般的なユーザーにとってはメリットの多いUSBですが、これではシリアルポートの代わりにはなり得ません。IrDAやBluetoothにも少なからず同じような傾向があります。PCMCIAではまるで用途が違うし…。

世間でブロードバンドが注目されはじめると、今度は一般的なパソコンにまでイーサネットコネクタが付くようになりました。シリアルポートなどのレガシーポートが廃れていく中で、USBと並んで標準的に備わっている口のひとつにまでなっています。ハードウェア的には少々面倒なところがあるものの、ソフトウェア的にはTCP/IPプロトコルスイートが事実上の標準になっていて、しかもそこにはかつてシリアルポートで味わったような自由な風が吹いています。プロトコルに厳密に従わなければならないとは言え、それほどの窮屈さを感じないのがTCP/IPプロトコルスイートの不思議なところです。

そして、もっとも手軽に接続できるパソコンの口は、いまやソフトウェアとして存在しています。それは、HTTPであり、FTPであり、SMTPであり、さらにはHTTPに基づいたASPやJSP、あるいはSOAPであったりするわけです。直接パソコンを相手にしているわけではないにしても、携帯電話はこれら新世代のパソコンの口を有効活用しているデバイスの代表格でしょう。ネットワークだ、TCP/IPだと煽り立てる風潮をただの流行として見るのは簡単ですが、ほかに開かれたパソコンの口がなくなりつつあるという現実的な問題も忘れてはなりません。Lantronix社のXPortに興味を惹かれる反面、何となく悲哀のようなものを覚えてしまいます。

冷え込んできましたねぇ。 2003年11月24日 植田

Microsoft MVP

6月某日、マイクロソフトから「Microsoft MVP プログラムへのお誘い」と題するメールが届きました。Microsoft MVP(Most Valuable Professional)についてはKeiYu HelpLabの石田優子さんがそうであることを知っているだけだったので、最初は眉唾かと思いました。メールは確かにマイクロソフトから送信されたもの ―― のように見えましたが、にわかには信じられません。よくあるDMか!?

さんざん迷った挙句、この「お誘い」に乗ってしまいましたが、結果としては本物だったようです。私の場合、マイクロソフトが運営するニュースグループによく投稿していたので、どうやらそれが目に留まったようです。秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)にサインするときはさすがにどきどきしましたが、何よりうれしかったのはMSDN Universalが提供される特典でした。2000年1月以来、MSDNの契約を更新していなかったので、これはラッキーでした。買えば何十万円もするものですから、貧乏SOHOにとってこれほどの特典はありません。棚からぼたもちとは正にこのことで、7月某日、晴れてMicrosoft MVPの仲間入りを果たし、現在に至っています。

こうしてMVPであることを明かした以上、恥ずかしいまねはできません。それにしても、良くも悪くも、いっそうマイクロソフトから離れられなくなりそうです。

秋、かなぁ? 2003年 9月17日 植田

祝1000カウント

気がつけばアクセスカウンタが1000を超えていました。拙いサイトではありますが、ご覧いただいた方々には厚く御礼申し上げます。1000カウントにあたった方には粗品を ―― と言いたいところですが、何もありません。ささやかな幸運が訪れることを期待します。

さて、サイトを開設して半年以上が過ぎてもいまだに「仮運用中」を掲げているのが少々心苦しいのですが、ぼちぼち本格的に運用を始めようかとも考えております。開発環境の刷新と合わせてサイトの再構築に取り掛かかるつもりです。せっかくだから独自ドメインも取得しようかなぁ、などと希望ばかりが膨らんでしまいますが、あまりランニングコストはかけられないし、それほどWebデザインのセンスがあるわけでもなし、筆(タイピング?)は遅いし、何とも前途多難(?)です。

あ、まだホタル見てなかった…。 2003年 6月29日 植田

天敵

コンピュータ業界に身を置く者として、「バグ」という言葉に過剰に反応してしまう方も少なくないのではないでしょうか。5月8日から9日にかけて、ジャパンネット銀行のシステムがダウンしました。インターネットのニュースサイトの報道ではまだ断片的な情報しか流れていないので詳しいことは分かりませんが、同社はインターネット専業銀行ということもあり、さぞかし大きなダメージを受けたことでしょう。少なからず信用に傷がついてしまいました。

かつて世間を騒がせたみずほ銀行のシステムダウンでは、経営陣の不手際など、人間系の不具合が大きな問題として注目されました。3月に起きた航空管制システムのダウンの原因もあきれたものでしたし、ルータの設定ミスもよく聞く話です。ところが今回のジャパンネット銀行の件は、どうも技術的な問題をはらんでいるようです。データベース(某有名データベース)にエラーがあったとか、バックアップシステムが機能しなかったとか、ファイルシステムを復旧できなかったとか、不謹慎ながら興味を抱いてしまうような報告がなされています。

我々にとってバグは、好敵手(ライバル)というより天敵です。技術者の面子がつぶれるだけならまだしも、社会に与える損害は甚大です。電脳社会を狂わすバグ。それに立ち向かう技術者。少しでも油断すると、バグに付け込まれます。

春の豪華三本立て!? 2003年 5月12日 植田
追記(2003年 5月22日

ジャパンネット銀行のシステムダウンの原因は、富士通のミドルウェア SafeFILE の設定ミスだったようです。システムを増強したときに同ミドルウェアの不具合を発見し修正したにも関わらず、修正前の設定でシステムを稼動させてしまったようです。

セカンドシステム症候群

限られた人員で受託開発をこなしているので、U’s Text Editorがすっかり隅に追いやられています。とは言え、ときどき自分で使ってみては思わぬ動きを見せられて、そのたびに頬が引きつっています。クラッシュしないだけマシですが、そろそろ何とかしたいところです。

さて、一度でも実際に作ってみると、力の入れどころや手の抜きどころが見えてきます。数ヶ月しか経っていないとは言え、改めてソースコードを眺めてみると、公開したのは時期尚早だったかな、と後悔してしまいます。お世辞にも「美しい」コードとは言えませんし、別のアプローチの仕方も試してみたくなります。

―― おっと、Ver.1.00を前にして、早速「セカンドシステム症候群」に陥ろうとしています。2回目の開発では仕様を欲張りすぎて破綻してしまうケースが多いという、アレです。で、3回目でやっとまともになると。まぁ、このプロジェクトを今の時点で本気で見ている人もいないでしょうし、試作の段階で問題が明らかになったのであれば、それもひとつの成功ではあります。果たしてこの先どうなることやら…。

気温の変化が激しいですねぇ。 2003年 5月12日 植田

シリアルポートがない!

事業を始めてはや3年。当時購入したパソコンもそろそろ力不足になってきました。しかし、貧乏SOHOゆえ、価格が安いからと言って何台も置くわけにもいかず、購入に際しては慎重にならざるを得ません。ここで困ったのが、最近はシリアルポートを持たない機種が増えてきたことです。ちょうどPentium Mが出荷されるとあって、某メーカーのノートパソコンの発表を待っていたのですが、新製品にシリアルポートがなく、愕然としました。以前にもデスクトップで同じような目に遭っていたので、自分の優柔不断さが恨めしくなります。

シリアルポートにこだわるのには、それなりに理由があります。当事務所のお得意様の製品にはまだシリアルポートを使っているものが多く、仕事を請けるのにシリアルポートがないようではいささか都合が悪いのです。もちろん、シリアルポートが健在のパソコンもたくさんありますし、増設という手段も残されてはいるものの、選択肢が限られてしまうのは残念です。

USBの普及で、シリアルポートの存在意義が薄れているのは分かります。とは言え、ユーザーにとっては便利なUSBですが、プログラマにとってはとても扱いにくい代物です。完全にOSの管理下に置かれるので、シリアルポートほどの自由度がありません。デバイス側の開発も一苦労です。別にUSBが嫌いなわけではありませんが、シリアルポートほどではなくても、もう少し勝手が利くとうれしいのですけど…。

GWに初泳ぎ。磯はアメフラシだらけ…。 2003年 5月12日 植田

当事務所の名前の由来

SE vs. プログラマ』でSEとプログラマの分け方に不満を持っていることを述べましたが、今読み返してみると、何というか、今一つ論旨がまとまっていませんね。どんなに格好をつけてみたところで私の文章能力のレベルは隠せませんけど、今回は別の切り口で私の考えを吐露してみます。

何を隠そう、当事務所の名前は、NORTiでお馴染み宮崎システム設計事務所(現ミスポ)に倣ったものです。ただし、英語表記ではあちらが”System Planning Office”なのに対し、こちらは”System Design Studio”となっています。あえて日本語名を採用したのは私の趣味(ビジュアル的に漢字が好き)でしかありませんが、名前の中に「システム」を盛り込んだのにはそれなりに訳があります。

元々私はハードウェア志向のエンジニアだったので、以前は「ハード屋」と「ソフト屋」の間にある溝に辟易していました。何のシステムデザインも持たずにいきなりハードウェアチームとソフトウェアチームにブレークダウンしてしまうことに疑問を持っていたのです。何か問題があると、大抵の場合、そのしわ寄せはソフトウェアに来ます。量産設計や原価の抑制など、ハードウェアの抱える課題もたくさんありますが、根本的な設計のミスをソフトウェアだけでカバーすることは時として重大な欠陥や性能の低下を招きます。MPUの割り込み端子の使い方一つ取っても、ハードウェアチームの都合だけで決めることはできないのです。問題は製品内部だけに留まりません。製品を大きなシステムのサブシステムとして使う場合、どのような使われ方をするのかを十分に吟味して仕様を決めておかないと、後になってつじつまを合わせようにもどこかに必ず無理が生じるものです。結果としてシステムの構築に余計なコストがかかることになり、製品の「品質」を疑われることになります。さらに最近ではユーザビリティの良し悪しも注目されているので、システムデザインの重要性は増すばかりです。

―― とまぁ、このような背景があって、ハードウェア、ソフトウェア、そしてユーザーの三者をつなぐシステムデザインに重点を置いて仕事をしていきたいという思いを込めて当事務所の名前がつけられているわけです。

水不足解消。バンザイ。 2003年 3月29日 植田

エンジニア35歳限界説

@ITから届いたメールマガジンの中に、数年前から企業の人事担当者の間で「エンジニア35歳限界説」がささやかれているという記事がありました。今求められているのはプロジェクトマネジメントの経験で、このぐらいの歳までにプロジェクトマネジメントの経験がないと好条件での転職が難しいそうです。人材市場が求めるものは流行り廃りが激しいのでこんな話を真に受けても仕方がないのですが、マネジメント能力の乏しい私はちょっとへこんでしまいました。

ところで、度々話題に上るこの35歳限界説。ずいぶん根強いものがあるようで、ことあるごとに引っ張り出されているような観があります。ちょっとWebを検索しただけでもたくさんのページがヒットするので同じようなことは書きませんが、結局のところ、どんな職業であれ、自分の仕事に興味を持てなくなったらそのときが「限界」ではないかと個人的にはそう思います。

は~るよ来い。は~やく来い。 2003年 2月21日 植田

たかがエディタ、されどエディタ

このサイトを開設して1ヶ月あまり。意外に多くの方々に見ていただけているようで、とてもうれしく思います。現在進めているU’s Text Editorプロジェクト。予想どおりというか、予想以上というか、少々滞っています。もう少し早い段階で最初のコードを公開してみようかとも考えていたのですが、今後の土台となるものなので、あまりみっともないコードにはしたくはありません。期待してくれている方々には申し訳ないですが、気長に待ってやってください。

さて、現在の進捗状況ですが、あと一歩のところまで来ています。機能的には「メモ帳」にも満たないようなものでしかありませんけど…。実際にテキストエディタを開発してみて、その基本的な作り込みの難しさを痛感しています。至る所で処理効率とメモリ効率のトレードオフにぶつかりますし、例外処理の徹底もなかなか難しいものがあります。これまでに開発したアプリケーションではダイアログボックスベースのUIが多かったので専らEditコントロール(テキストボックス)に頼っていましたが、実に有り難いコントロールなのだと今更のように思い知りました。

三十路の体に徹夜は堪えます。 2003年 1月13日 植田